心筋梗塞の発症の恐ろしさ

日本人の循環器疾患(心疾患+脳血管疾患)による死亡率は、第一位の悪性新生物(がん)とほぼ同じである。なかでも急性心筋梗塞は、入院後の死亡率は低下傾向にあるものの、病院に至る以前の院外における死亡率は依然として高い。急性心筋梗塞の死亡率抑制には発症後の速やかな処置が重要であり、これにはバイスタンダー(救急現場に居合わせた人)の適切な行動が不可欠となる。野々木氏は、急性心筋梗塞の救命医療が抱える問題点、発症時にとるべき行動、そして日本循環器学会の取り組みなどについて解説した。

日本では個人情報保護法が壁となって、心筋梗塞に関する全国調査が行われておらず、その正確な発症率や死亡率はわかっていないが、専門病院に入院した急性心筋梗塞患者の死亡率は年々低下し、近年は10%を大きく下回っている(図1。しかしながら、厚生労働省研究班による23地域、689病院での全例登録においては、院外死も含めた死亡率が20%を超えていた。心筋梗塞による死亡に占める院外死の割合は、日米ともに52%であった。また、厚生労働省研究班による外傷を除く院外死の調査では、死因の34%が心筋梗塞で、その他の心臓病(18%)、大動脈瘤(12%)、くも膜下出血(14%)をあわせると循環器疾患が約80%を占めており、ここからも、循環器疾患における救急医療対策がいかに重要であるかがわかる。

 急性心筋梗塞を発症すると、胸痛の後に心停止を起こす。胸痛から心停止までの時間は、1時間以内が約86%(うち瞬間死25%)であり、「発症から1時間以内に適切な処置を行い専門病院に搬送されること」が重要となる。そして心筋梗塞の救命率を上げるには、迅速な発見・通報、迅速な救急隊トリアージ(治療の優先順位決定)、迅速な救急室初期対応、迅速な再灌流療法と、いわゆる「救命の連鎖」が鍵となる。詰まった冠動脈を再開通させる再灌流療法は、発症1時間以内に実施すると、治療しなかった群に比べ死亡率が最も低下するという。

心停止には119番通報と胸骨圧迫、そしてAED

 心筋梗塞の発症がうたがわれる場合、まずは119番通報して救急車を呼ぶことが重要である。近年は、救急隊員・救急車の不足が叫ばれ、またサイレンの音が近所迷惑になるといった通報を躊躇しがちな社会状況にあるが、「救命には発症から1時間が鍵」となることを常に念頭に置くべきである。野々木氏は、「中年以降の、特に男性が、突然の胸の圧迫感、数分間持続する痛み、背中の痛み、呼吸困難、意識の異常、麻痺を感じた場合には、とにかく119番通報を」と強調した。「背中の痛み」は、大動脈の乖離や大動脈瘤の破裂などによる可能性もあるという。急性心筋梗塞発症者のうち、突然の発症は35%で、前兆として不安定狭心症が32%、狭心症が33%に認められている。これらの前兆を見逃さないことも重要である。
 もし心停止が確認できた場合は、救急隊到着まで心肺蘇生のための胸骨圧迫(心臓マッサージ)を行う。2007年、人工呼吸を含めた心肺蘇生法(CPR)に比べて胸骨圧迫の効果は同等あるいはそれ以上であるという論文が、野々木氏を含む日本の2つのグループからそれぞれ発表された。米国心臓協会(AHA)はこの日本発のデータをガイドラインに反映し、現在では両手で行う胸骨圧迫のみの「ハンズ・オンリーCPR」を行うようバイスタンダーに推奨している。近くに自動体外式除細動器(AED)があれば、胸骨圧迫の後にAEDを使うことも忘れてはならない。2006年の総務省消防庁のデータでは、心原性心停止をおこした人の1カ月生存率は、一般市民がAEDを使用した場合32.1%、使用しなかった場合8.3%であり、AEDの有効性が実証されている。

 

発症から専門施設搬送までの時間は、救急車で循環器救急専門施設へ直接搬送された場合でも1.5時間に及ぶ。しかも直接搬送は32%にすぎず、残りの68%は専門施設到着までに48時間かかっているという(図2。この状況を打開するには、「循環器超急性期診療システム」の構築が必要となる。このシステム構築に要する条件として、野々木氏は「カテーテル治療、再灌流療法、バイパス術、脳外科手術、院外心停止例に24時間365日対応できる医療施設であること」を挙げた。これらの条件成立には、循環器専門医に過剰労働を強いらない交代勤務制の整備が不可欠となる。また、地域に最低1つの基幹病院を確保することも必要だという。

 

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