信濃の国(しなののくに)

 信濃の国は十州(じっしゅう)に
 境連(さかいつら)ぬる国にして
 聳(そび)ゆる山はいや高く
 流(なが)るる川はいや遠し
 松本 伊那(いな) 佐久(さく) 善光寺
 四つの平(たいら)は肥沃(ひよく)の地
 海こそなけれもの沢(さわ)に
 万足(よろずた)らわぬ事(こと)ぞなき

 四方(よも)にそびゆる山々は
 御嶽(おんたけ) 乗鞍(のりくら) 駒ヶ岳
 浅間(あさま)はことに活火山
 いずれも国の鎮(しず)めなり
 流れ淀(よど)まず行(ゆ)く水は
 北に犀川(さいがわ) 千曲川(ちくまがわ)
 南に木曽川(きそがわ) 天竜川(てんりゅうがわ)
 これまた国の固(かた)めなり

 木曽の谷には真木(まき)茂り
 諏訪の湖(うみ)には魚(うお)多し
 民(たみ)のかせぎも豊にて
 五穀(ごこく)の実らぬ里やある
 しかのみならず桑採(と)りて
 蚕養(こが)いの業(わざ)のうち開け
 細き世すがも軽(かろ)からぬ
 国の命を繋(つな)ぐなり

 尋(たず)ねまほしき園原(そのはら)や
 旅の宿りの寝覚(ねざめ)の床(とこ)
 木曽の桟(かけはし)かけし世も
 心して行け久米路橋(くめじばし)
 来る人多き筑摩(つかま)の湯
 月の名に立つ姥捨山(おばすてやま)
 著(しる)き名所と風雅士(みやびお)が
 詩歌(しいか)に詠(よみ)てぞ伝えたる

 旭将軍義仲(あさひしょうぐんよしなか)も
 仁科五郎信盛(にしなのごろうのぶもり)も
 春台太宰(しゅんだいだざい)先生も
 象山佐久間(ぞうざんさくま)先生も
 皆この国の人にして
 文武(ぶんぶ)の誉(ほま)れたぐいなく
 山とそびえて世に仰(あお)ぎ
 川と流れて名は尽(つき)ず

 吾妻(あずま)はやとし日本武(やまとたけ)
 嘆(なげ)き給(たま)ひし碓氷山(うすいやま)
 穿(うが)つトンネル二十六
 夢にも越ゆる汽車の道
 道一筋(みちひとすじ)に学びなば
 昔の人にや劣(おと)るべき
 古来(こらい)山河の秀でたる
 国に偉人のある習(なら)い