医師に人権

医師の人権 ~Series「改憲」(第2回) 

井上法律事務所弁護士 井上 清成 

2013412日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

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●日本国憲法は国家権力を統制する最高法規

日本国憲法の条文構成は、大きく人権宣言と統治機構の2つから成り立っている。ところが、この2つは同格ではない。人権宣言が統治機構の上に立つ。人権宣言が統治機構を統制していると言ってもよい。

人権宣言とは、個々の国民の基本的人権を保障する定めである。統治機構は、立法権を有する国会、行政権を有する内閣、司法権を有する裁判所に関する定めが中心であり、基本的人権の保障に役立つように三権の抑制均衡体制(三権分立)を採用した。

このようなシステムを採用したのは、もともと国家権力(特に行政権)が国民の基本的人権を侵害する存在であるため、国家による人権侵害から国民を守ろうとしたからである。基本的人権を保障するために国家権力を統制することこそが、最高法規たる憲法の機能と言ってよい。ところが、時代の推移と共に、この日本国憲法の機能にほころびが目立つようになった。

そこで、憲法の一部を改正して、侵害されがちな基本的人権の補強をするのが適切だと思う。

 

●憲法改正私案―医師の人権の補強

業務上過失致死傷罪(刑法)による医師の処罰の恐れ、濫用的な指導・監査・処分(健康保険法)による保険医の登録取消の恐れ、医療費抑制政策やTPPによる国民皆保険制の浸食(健康保険法)の恐れ、厚労省の目論む再生医療規制法(案)による自由診療抑圧の恐れなど、医師の人権が侵害され、または侵害される恐れが強まっている。したがって、憲法を改正して、医師の人権を抜本的に補強するのが適切だと思う。

医師の人権を補強するためには、憲法を改正して、新たな条文を設けるのが最も効果的である。憲法改正の新設条文としては、次の2箇条が適切だと思う。

〈憲法改正私案―その1

23条の2〔診療の自由〕 診療の自由は、これを保障する。

〈憲法改正私案―その2

25条の2〔保険診療受給権、国民皆保険制〕 すべて国民は、その疾病に応じて、等しく医療提供を受ける権利を有する。

 

●診療の自由

診療の自由は、医師の診療を実施する権利と患者の診療を受ける権利とが表裏一体となったものと言えよう。普通に言えば診療の権利であるが、国家権力(特に行政権たる厚生労働省)に侵害されない権利という受け身的な観点から言えば、診療の自由という用語となる。

特に重要なのが、診療の機会の確保と診療の内容の決定であろう。これらは医師と患者の双方向性によって作り出されるものである。厚労省は診療の機会と内容に得手勝手に介入してはならない。

最近、特に危険なものは、厚労省が作成・提出しようとしている再生医療規制法案である。国民の期待が大きいiPS細胞などの再生医療推進法に便乗して、それとは別の法律で過大な規制を行おうとしているらしい。今まで医療法などでは殆んど規制できなかったので、千載一遇のチャンスとばかりに医療の機会と内容への介入の先例を創りたいのであろう。

倫理面からして規制やむなしと感じる医師もあり、それももっともな側面もあるが、しかし、もしもこのような規制を先例として導き入れるならば、将来の保険診療をはじめとする他の医療分野への波及が計り知れない。ドタバタと規制に踏み切るには、余りにも事が重大である。少なくとも当面は規制を見送るべきであろう。

なお、憲法23条の2という位置付けは、憲法23条のすぐ次という意味である。ちなみに、憲法23条は学問の自由を定めており、それは真理の探究を目的とする研究とその実践であり、科学の自由も含む。そこで、診療の自由は、学問の自由(科学の自由)の一環として、第23条の次に位置付けるのが適切だと思う。

 

●保険診療受給権と国民皆保険制

憲法25条は生存権(字義通りだと、生活権)を定めた。「健康で」という言葉も明記されているので、生存権の健康的側面という意味で、健康的生存権も含まれると解釈できるかも知れない。しかし、いずれにしても憲法25条の法規範性は弱いものだと一般に解釈されてきた。そこで、その解釈を一新する意味でも、憲法25条の次に条文を新設し、そこに「その疾病に応じて、等しく医療を受ける権利」を明示した方がよい。

実際上、この権利は保険診療を対象とする。保険診療受給権(または公的医療受給権)と呼んでもよいと思う。もちろん、国民すべてが保険診療を適切に受給するためには、国民皆保険制が必要不可欠である。この意味で、保険診療受給権という人権と国民皆保険制という制度とは表裏一体であると思う。なお、保険医の人権も保険診療受給権と国民皆保険制と一体であることは、言うまでもない。

現在、長く続いていた医療費抑制政策によって、保険診療受給権は傷つけられている。また、TPP問題その他の国際経済の荒波の中で、国民皆保険制も浸食されかねない。いずれの側面でも、行政権による侵害もしくはその恐れにさらされている。このような状況の今こそ、保険診療受給権と国民皆保険制を憲法上に明瞭に位置付けることこそが有効適切であると思う。